黄昏

(Wed)

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黄昏

中原中也


渋つた仄《ほの》暗い池の面で、
寄り合つた蓮の葉が揺れる。
蓮の葉は、図太いので
こそこそとしか音をたてない。

音をたてると私の心が揺れる、
目が薄明るい地平線を逐《お》ふ……
黒々と山がのぞきかかるばつかりだ
――失はれたものはかへつて来ない。

なにが悲しいつたつてこれほど悲しいことはない
草の根の匂ひが静かに鼻にくる、
畑の土が石といつしよに私を見てゐる。

――竟《つひ》に私は耕やさうとは思はない!
ぢいつと茫然黄昏《ぼんやりたそがれ》の中に立つて、
なんだか父親の映像が気になりだすと一歩二歩歩みだすばかりです



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好きな詩人の一人、中原中也。
30歳という若さで逝ってしまいました。
「汚れつちまつた悲しみに・・・」この詩が好きでした。
明治40年(1907年)生まれなので中也亡くなってからもう73年。
生きていれば103歳ですね。

山口県の湯田温泉で生まれ、生家は確か病院を営んでいたはず(曖昧ですが・・)
小さい頃は神童と言われる程成績優秀。
兄弟は5人の長男で父親からは厳しいプレッシャーを掛けられ続け、(男兄弟の長兄ということで)
それが原因かどうか、中也は学校を中退して京都へ・・そして長谷川素子と出会う。

時代が時代でしょうがないのか、中也は自分の弟や自分の愛児も含め30歳までに7人葬(おく)ってます。
生涯を「詩」に捧げ、その道を貫き通しました。
ずっと生家の母親からの仕送りなどで生計を立てていたようです。

家族にも女性にも我が子にも恵まれていなかった中也。
人を詠い愛しながらもずっと孤独だったように思う。
働こうとしなかった中也。
中也は自分に忠実で居続けた。
ただ書くことでしか生きられなかった。
それもまたひとつの人生。
中也の詩は苦しくて切なくてどこか満たされないものを感じてしまう。

昭和12年、結核性脳膜炎のため鎌倉で死去。
まだ30歳という若さでした。


↑の「黄昏」は長谷川素子との別れを書いたものと言われてます。
”耕さうとは思わない!”のくだりは定職に着かないという中也の決意を感じますね。
そして”なんだか父親の映像が気になりだすと一歩二歩歩みだすばかりです”とう部分が
父親をいかに恐れていたかという情けないところでもあり、中也らしい感じで締めくくっているなぁと思わずにはいられません。小心者でありやさしさ故の危うい部分がこの詩に出ているような気がするのです。








汚れつちまつた悲しみに・・・・



汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとえば狐の革袋
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる



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そして忘れちゃいけない三角関係。
中原中也=長谷川素子=小林秀雄

この関係もまた奇妙といべきか否か。

いつの時代も変わらぬ「妙」とうものがそこにはある。
常人の理解を超えて写し出された世界が詩の中に混在している。



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