(Sun)

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「一番好きな小説家は?美を感じる作家さんは?」と昨日突然聞かれて。


あ~絞れない・・みんな違うな。。
なんて考えあぐねていてふいに出てしまった
三島由紀夫さん

何で言っちゃったのかな?謎・・・でも確かに影響受けた・・って思って。
一番最初は多分高校生。
理解していたのかな・・・
独特なあの世界・・・
青臭い10代では到底理解出来ていなかったと思う。

強い衝撃を確かに受けたのは本当だ
彼の美学に深く賛美したわけでも心酔したわけでもない。
もしかしたら拒絶?初めはそうだったかも・・・
好きなのか嫌いなのか拒絶なのか・・
10代の私にとっては恐ろしいほどショッキングだった
いわゆるエロスなどというものを理解していたとは思えない。

何だろう・・何だったんだろう・・

「金閣寺」
「仮面の告白」
「潮騒」「美徳のよろめき」
「午後の鬼航」
 等など読んだ記憶が。(金閣寺と何か2冊くらい高校生のときに読んだと思う・・あとは20代)
他にもあったかもしれない。

同性愛について考えたのも三島由紀夫が最初だったかな。。。
(私は10代の頃から偏見は無く友人に同姓愛者が居た。)
強烈な衝撃にただ呆然とし個人的な思考さえ奪うような光りのようなものを感じる。
赤いバラに更に光をあてたようなイメージ
彼の生い立ちからして普通の人として生きていくのは困難だったに違いないと思う。

描写が当時としてはおそらく異質だったに違いない。
作家だけで生きたのならもう少し生きただろうか・・・


あの時代の中で
もしくは戦後の渾沌とした思想と
うねりのような経済成長の渦の中で
三島由紀夫という男を作り上げ最後まで演じきって逝ってしまった。

「美学」ミシマユキオ


彼の美学は多くの人が語れば語るほど磨かれた石のように輝きを放つ
磨かれた刀のように鋭敏だ。
彼の生い立ちや育った環境が「道徳」という言わば足かせのようなものを作り、そして縛られていた。
対極には「恍惚」「官能」があった。
そのバランスが三島由紀夫なのかもしれない。


市ヶ谷駐屯地を占拠した時の映像が目に焼きついている。(保存された映像で。)
高揚していた三島由紀夫の顔を忘れられない。

私は死に至った経緯については勉強不足だが彼の文学は好きだった。
憲法弟9条の改正を求めていたと聞く。
三島由紀夫の死後2年、1972年に沖縄返還
1975年に佐藤栄作総理大臣がノーベル平和賞を受賞している。

あの眼を持って長生きはおそらく出来なかっただろう。
正義と信念を貫き彼はあまりにも猛スピードで戦後を駆け抜けた

三島由紀夫の美学は自己完結した。


ブリザードフラワーの中に封じ込められた三島由紀夫の美学は色を失わない。
何だか今も生きているような気がしてならないのは何故なんだろう。

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